2010年11月12日 (金)

母の心の病の記録:11月②心療内科という選択

土曜日のお昼には薬がなくなることに不安でいっぱいになってしまった母。オロオロして私の仕事場(自宅から歩いて2分)まで来る始末。この不安を解消するには薬を手元に入れるしかないのですが、処方箋もないし、彼女の薬はちょっと特殊なのでこの田舎には手に入るかどうかわからない。しかし次第にパニックになりつつある母の様子をみて、「これはどこかで診察してもらい、処方箋をもらって手に入るかどうかわからないけれど薬をもらうしかない」と考えたのです。なのでその時までは別の病院で「帯状疱疹」と言われていたので、母の要望もあり、皮膚科で診察をうけることになりました。運よくそこは午後も診察していたのでした。これでほっと一安心だと感じていました。

先生に必死になって、自分の今の症状と、そこに至るまでの経緯を話している母の姿は自分の母親でありながら、知っている母と違うので不思議な感じでした。
母の話が終わった後、先生の最初の一言が「その症状は帯状疱疹ではないようです。今の貴方の様子からすると、皮膚科より心療内科をすすめます」でした。
「帯状疱疹」ではない?前に血液検査もしてウィルスが多く反応が出たのに?と疑問を頭の中でグルグルさせていると、ウィルスの反応は時に高く数値としてでることがあるのだとか。「帯状疱疹」と違うと診断したのは、「痛み」の感じ方、箇所がそれと違うのだということ。---となると母のいつも唇をなめて耐えている「痛み」は何なのか?先生によるとストレス等で体に何の異常がなくても「痛み」を感じることがあるのだそうだ。母の場合はそれだと思うが、自分は専門ではないので詳しくはわからない、とのこと。
1つ、2つ、県内の心療内科の病院を教えてくれ、とりあえず、母の「薬がないと、不安」状態をなくすため、処方箋もだしてもらい、案の定薬の在庫もそこにはなかったが、別の薬局に聞いてくれてようやくゲットしたのです。ここで母も落ち着いたが、「心療内科」への診療をすすめられ、自分の精神状態を考えれば納得も行くような気がするが、まだなんとなく完全に受け入れきれない、という葛藤と戦っていました。色々な科に行ったが、心療内科は全く頭に入っていなかったらしく、しかも心療内科=精神科とも思っているみたいで少々偏見もあるようでした。しきりに「自分は今おかしいから、、、。」とモゴモゴ言っていました。

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2010年11月10日 (水)

母の心の病の記録:11月①心療内科という選択

母を連れてきてから1日は体力的に弱っているのは見受けられたが、特に変わった様子はなかった。しかし2日目の午前中、外出していた私に「薬がお昼までしかなく、友人に送ってもらっているがいつ届くか」と電話してきた。「郵便局は午後2時以降しか配達に来ないから、ちょっと待っていて」と言うと「わかった」と言って電話をきった。
ところが30分後に今度は近くに住む義父から電話があり、「郵便物の件でお母さんがこっち(我が家は自営業で日中自宅に誰もいないことを知っている配達員の人が気を利かせて会社に持ってきてくれるのです)にお母さんが見えているから早く帰ってこい」と言われた。慌てて戻ると、ずっとパジャマだった母が義母をつかまえて必死に何か訴えている。私の姿を見つけると「薬がお昼の分までしかないから、郵便物が届いてないか見に来たの」という。午前中にちゃんと午後2時くらいに届くといったはず。その時は11時30分だった。ここで「ちゃんと言ったのになぜこんなことを?」と疑問に思ったのだった。「薬がないと不安」オーラがいっぱい出ていて、様子が昔とかわった母をちょっと悲しく思った一番最初だった。

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母の心の病の記録:11月④

母の友人宅に泊まってから次の日の朝、母から電話があり、「やはりあなたの所にお世話になりたい」という。母の友人に聞くと、夜に電話があって行ったときには「ハアハア」していて苦しそうだったとのこと。内科的には何も問題がないのに、この息切れといい、パニックといい、もしかしたら母は心の病気なのではないかと思ったのだった。

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母の心の病の記録:11月③

父の出張して1日目。午前中に皮膚科で検査を受けてきて、血液中に水疱瘡のウィルスの数値が高めに出た、という結果で「帯状疱疹」ということに落ち着き、本人も家族もほっとしていた。ただ気になったのが朝、父が出かける前にしつこいくらいに「具合が悪いから動けない」という母に対して「甘えている」と言ったのだそう。それに対して母はしょんぼりしていたのが気になった。

夕方、父から電話があり、「様子がおかしいので大変だろうが見に行ってやってくれ」という。詳しく聞くと、出張先で書類を忘れたことに気が付き、母にファックスで届けてもらおうと思ったが、オロオロしていてなかなか出来ず、何度かの電話のやりとりでようやくファックスを送ってもらえたとのこと。「ファックスが届いた」という電話をいれたら開口一番に「今自分はパニックをおこしているので」と話も途中で電話をきってしまったのだそう。
今までになかった母の様子に心配になった父が私に伝えてきたのだった。この時は「様子が変だ」とは思ったが、さほど深刻ではなかった。車で3時間の距離はすぐにはいけず、次の日に行こうと思っていた。ところがその日の夜に母が家に誰もいないこと、夕方ファックスがうてなかったことに対してのパニックが収まらなかったこと、薬が変わったことにより不安になったらしく、近くに住む母の友人に泊まらせてもらうように本人が連絡したことを知る。ここで初めて事態が深刻なことに気が付いた。母は娘の家に泊まることも嫌がるくらいなのに、古くからの友人とはいえ、旦那さんもいる家に「泊まりたい」というなんてよほどのことだと思ったのだった。

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母の心の病の記録:11月②

脇腹の痛みの原因を追究すべく行った科は耳鼻咽喉科と心療内科くらいではないだろうか。あとは救急車で運ばれたときに脳のCTスキャンも撮ったといっていたし、眼科も視力が落ちたような気がした、ということで検査を受けている。しかしどこも悪くない。「痛み」に直結するようなものは見つからなかった。「痛み」の原因がわからないまま「1週間父が出張し、家に一人になる」ということになった。そしてそこで事は起きた。

父の出帳を聞いたとき、父がいない間だけでも私の家に来ることを勧めた。しかし彼女は頑として断ってきた。理由が「自分が信頼している病院がこっちにあるから」とのことだった。娘の家といってもやはり他人の家。彼女は他人の家に泊まることが好きではないのを知っていたので、本人も大丈夫というのなら本人の意思を尊重しようと思って聞き入れた。

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母の心の病の記録:11月①始まり

遠方に住んでいる母が半年ほど前から脇腹の痛みを訴えるようになった。整形外科に行ったら「筋肉痛」と言われた。しばらくマッサージと湿布で治療をしていたが治らなかったので、今度は内科に行った。色んな検査を受け、脾臓の入口付近に2センチほどの動脈瘤が見つかった。しかし医者の言うことにはこれは痛みとは関係ないという。次に皮膚科に行った。理由は「帯状疱疹かもしれない」と聞いたからだ。脇腹に湿疹は出ていなかったが、ごくまれに湿疹が出ないタイプがあると聞き、血液検査をしたら水疱瘡のウイルスの量が多く出たとのことで、「湿疹の出ないタイプの帯状疱疹」と本人も家族も落ち着いた。そこでまた帯状疱疹用を薬を服用した。ここに行きつくまでに約半年がたっており、この間に運の悪いことに骨折したり、ぎっくり腰になったりと、160㎝、体重40キロの虚弱体質には精神的にも肉体的にも堪えていたらしい。帯状疱疹の薬を飲んだ直後に薬の副作用で手の震え、めまい、頭痛、が起こり、私が電話をして様子を聞くと、毎日のように「今日は病院で点滴を2本受けた」だの「心臓の動悸が止まらず救急車で運ばれた」悪い話ばかりで、段々エスカレートしてくるようになった。国内にいる子供は私だけ(妹は外国に住んでいる)。父と二人暮らしの母をこのままほっとくわけにはいかないと思い始めたのであった。

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2010年4月 1日 (木)

キムチ用大根(カクテキ)の種:朝鮮大根の種

時々白菜キムチをつくったり、カクテキ(大根キムチ)を作ったりしている私です。食材もアミの塩辛を韓国食材店から購入する以外、この辺りの田舎のスーパーでそろうし、皆が想像しているほど大変ではありません。何よりも安上がり。これに限ります。先程「簡単に食材も手に入る」と記しましたが、作ってみて「何かが違う、、。」と感じさせるものがあります。それは白菜と大根です。これは日本の大根や白菜でも十分なのですが、白菜はともかく、大根は「みずっぽくて柔らかい」のです。ゆえに噛んだ時の歯ごたえが今ひとつ。しかしカクテキ用の大根はどこにも売っていない。種もネットで見たけど「朝鮮大根」は売られていない、、、。そこで韓国人の知り合いに種をゆずってもらうことにしました。ふふふ、、、。これで本格的なキムチが食べれる。話しでは水分が少なく辛いのだそう。

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2010年2月25日 (木)

ホストファミリーになることへの不安

「ホストファミリーを受けてくれそうな家庭があるのですが、奥様が色々不安がっておられるようです。一緒に行って、色々その方の質問など答えてあげてもらえませんか?」と以前お世話になった留学団体のスタッフの人に言われ、昨日スタッフの方と会ってきました。小学校の息子さん2人がサッカーのクラブチームに入っており、留守がちになることや、お弁当のことなど色々あるようです。旦那様に「あなた次第」と言われたようで、あとは自分の決断一つなのだとか。話しを聞いたところ、一番の不安は「思春期の男の子と一緒に生活していて、着替えをする時や、旦那さんがいない時などは大丈夫なのか、、」というところ。、、、ナルホド。だけど「家族」として接すれば、おのずと相手も「家族」として振舞うだろうし、あまり意識することないのでは?と答えました。私は「お母さん」と呼ばせていたし、年齢も兄ちゃんの国のお母さんとあまり違わない年齢なので意識したことはなかったのですが、30歳代というのは「お母さん」にでも「女性」にでも自分の意識一つで変えられるものなのですね、、。と思ったらそんな心配事しなくて引き受けた私って「女性」としての部分がぬけてる!完全に「おばさん」じゃん!

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2010年2月12日 (金)

薪ストーブと吹き抜けのある暮らし

今年は珍しく雪が多い年です。先日も降り、今日も降り。いつもたいした量ではないのですが、やはり降った日は寒いです。当然洗濯物も外に干すことができないのですが、我が家は薪ストーブで、家全体を1台で暖めるように設計してあるので、2階部分に干すとばっちり乾いてくれます。しかも翌朝までほんわり暖かい。朝起きるのが辛くありません。こういうときは薪ストーブと吹き抜け様様です。、、、が、この家造りで一つ失敗したと思うのが、この吹き抜け。結構広くとったのですが、音が反響してしまいます。開放感があるし、家族の存在感もわかるので良い面もあるのですが、なんといっても「音」。2階のトイレを使用すると水の音などが聞こえてしまうのがネックなのです。あと2階部分に造った窓のサン。この部分が掃除できなくてストレスが溜まっています。
家を建てて、薪ストーブを入れようと思っている方にアドバイス。ストーブは部屋の中央に置くようにし、(2階に比べると、1階部分は若干温度が下がります。端に置くと1階奥の部屋などは暖まりません)吹き抜けはそれほど広くする必要がありません。煙突は出来るだけまっすぐになるように設置すること。これなら1年で乾かした薪を使用しても窓ガラスがススだらけにはなりません。

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2010年2月 6日 (土)

さよなら兄ちゃん

昨日は夜中の1時近くまで荷物を整理していた兄ちゃん。今日はゆっくりとギターを弾きながら好物の肉まんあんまんを食べていた兄ちゃん。車の中で子供達と雑談をしながら笑っていた兄ちゃん。正直、このまま帰国するなんて実感がわきませんでした。成田行きのバスが来て、荷物を乗せて他のホストファミリーが号泣するのを見ても冷静でした。ところがゆっくりバスが発車するのを見た途端、私も子供達もおお泣きしてしまったのです。兄ちゃんの顔が私達の様子をみて、一瞬表情が変わったのが見えました。それから彼がどういう風になったのかはバスが行ってしまったのでわかりません。「また日本に来る」そう言っていたけれど、それは確実に決まったことではありません。双子の一人は帰る道中ずっと泣き通しで、「ホストファミリーにはならない、別れが辛いから」と言っておりました。私達のホストファミリー生活はこうして終わったのでした。あっという間の11ヶ月。ようやく「ホストファミリー体験記」も終了です。

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